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午前3時。
人が皆寝静まる深夜頃。
めっきり鳴らなくってしまったチャイムが鳴った。
ピンポン、という音を聞き、「来客か」と気付くまでに数秒かかる。
寝ていたとか、こんな時間に非常識な、とかいう理由ではなく単にチャイムの存在感が薄いせいだろう。
普段、あまりにも鳴らなくて。
午前3時の来客というのは遅過ぎるのか、はたまた早過ぎると言うべきなのか。
回らない頭でどうでもいい事を考えながら、ドアを開く。
するとまだ太陽が登らない暗闇にとけ込むように。
全身真っ黒という佇まいの男が立っていた。
「よう。」
「…太一さん」
太一だった。光子郎は密かに驚く。
遠い記憶を探ると彼は長期出張で海外にでており、久方ぶりの帰国のはずだった。
「お久しぶりです、いつ戻られたんですか」
「ん…?さっき。」
玄関先にほのかにアルコールの甘い香りが漂う。
彼の頬が赤いのは寒空か、酒のせいなのか。
どちらかは分からなかったが、赤い頬は雪にはしゃぐ幼い日の彼を彷彿させた。
幼い日と違うのは、彼の表情が溢れんばかりの笑顔ではなくぼんやりとしているという事だ。
「太一さん、酔っていますね」
「…ああ、酔ってる…」
酔っていると本人はいうが、しっかりとした足どりで立っている。
酔いの程度が分からず尋ねたが、泥酔してるわけではなさそうだ。
だとすれば無意識的に此方に辿り着いてきたのではなく、
何か用があってここへきたのだろう。
それなのに、なぜか彼は黙って、佇んでいた。
…何事だろうか。
「ええと、とりあえず。そこは寒いでしょう、中へ」「光子郎」
「…はい」
酔っぱらいとは言え、光子郎にとって太一は太一である。
言葉を遮られ律儀に待っていると、唐突に腕が伸びくしゃりと頭を撫でられる。
そのまま頬を撫でられて思わず視線を上げると、目が合う。
女性であれば思わずどきりとするだろう笑みだ。
けれど使い所が間違いすぎている。
どうしたものか困っていると、ようやく酔っぱらいが喋り出した。
「光子郎、大きく、なったなあ」
「……」
———やっぱり、酔っぱらいは酔っぱらいだ。
「光子郎…抱っこさせてくれ」
「えっ…嫌です」
酔うと子供返りしたり、急に親父になったり。
今まで様々な酔っぱらいを観察してきたが未だにこの人はどこに分類していいのか分からない。
無理やり言葉を当てはめるのなら父性だろうか。
甘え方は子供返りにすら似ているのにねだる内容がどうにもおかしいのだ。
「光子郎、腹減ってないか」
「減りません」
「そうか…光子郎はかわいいなあ…抱っこしていいか」
「あの…それ、2回目ですよ…」
ようやく寒々しい玄関から室内へ戻り、暖をとれた光子郎は
太一の腕の中で困っていた。
半年に一度程、太一さんは突然やってきては僕を可愛がって帰って行く。
それが一体なんなのかは分からないが人の頭をぐしゃぐしゃにしたり、膝に載せてみたり、気まぐれに食事させてみたりと色々だ。
拒否してやっても良いのだが、一通り満足するだけ好きにさせたら自然に落ち着く事が分かっていたので最近はずっと好きにさせていた。
( 何らかのストレスによる発散現象だろうか。 )
酔っぱらいなんて意味のない事をするのが仕事のようなものだが全くもって謎である。
ストレス発散の為に人の世話を焼くとはなんと面妖な。
今も太一さんはなにが楽しいのか、僕を膝に載せ、子供をあやすように頬を撫でている。
「重くなったなあ」
「はあ。どきましょうか…」
「大きくなった…」
「…」
もうなにもいうまい。そう思いあきらめてめをつむる。
するとアルコールで高めの体温とゆらゆらとした揺れに耐え難い眠気に襲われた。
眠気をふりはらうようにふるふるとくびをふる。
( 寝ちゃ、駄目だ。
酔っぱらいを放っておいて、良かった試しなんかないんだから )
だから、寝ないように頑張っているのに。
「眠いのか、光子郎」
「…ったい、ち…さん…」
「寝ろよ、ここにいるから。」
…耳元で聞こえる心地良い低音にまぶたが落ちそうになる。
(…ああ)
『 俺がみてるから、安心して寝てろよ 』
( ああ、たいちさんだ… )
幼い日に冒険したあの時、
守られながら眠った感覚が襲い、ひどく安心した。
姿形、声は変えても。
変わらない優しい体温と、声色に、何故だか泣きたくなる。
すこし、泣いてしまっているのかもしれない。
「たいちさんは、眠くないんですか」
「どうかな…」
夜中、目覚めた時。
隣で見守ってくれていた小さな背中が頼もしかった。
でも、同時に。
その背中を、自分も同じように守ってあげたかった。
眠気を振り払って、あのころより広くなった背中にてをのばす。
そうしてあのとき言えなかった言葉を、ようやく、口に出した。
「たいちさんも、一緒に寝ましょう…」
返事はなかった。
でも、まぶたがもうあがらない。
「…たいちさん……」
眠りに落ちる直前、何故か困ったような笑みを浮かべる太一を見た気がした。
**
「お前は頭がいいのに、本当に、馬鹿だなあ」
眠気に負けた光子郎の髪を指先で弄ぶ。
いつも自分を追い掛けてきてくれた少年は成長しきっても自分より一回り小さい。
それでも、太一は仲間の誰よりも小さな彼の存在が心強かった。
弱い自分を優しく、時に厳しく、いつも待っていてくれる光子郎が、好きだった。
そう、すきなのだ。
仲間として、友人として、相棒として。そしてきっと、それ以上に。
「こうしろう、おれは…」
きっと、おまえをうらぎっている。
その事に罪悪を感じて、理由が無いと触れてはいけない気がしている。
寝顔を覗き込むと、安心しきった顔に笑みがこぼれる。
手の甲で頬を撫で、そっとうすくあいたくちびるにふれて、はじく。
「おやすみ、光子郎」
安らかな寝顔にぎゅっと気難しげに眉根がよって、また静かに笑った。
( お前の前で酔うなんて、そんなこわいことできるもんか )
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