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さようなら ( 暗 / 光子郎片思い



「そんなに怖がらなくったって、いいじゃないですか」

にこりと笑んでいるはずなのに、冷え冷えする笑顔。
かつて『商品』だった子供の面影を残した青年だった。

「そんなに心配しなくても、今日はお客です」
「お客?」
「ええ」

お客です。
そういって微笑む青年は一体何を企んでいるのか。
しばらく思考を巡らせていたが、やがて自分の城に招き入れた。

「買ってほしいものがあるんです」
「買ってほしい?」
「ええ」

一体こいつは何を考えている。
今までいろんな客を相手にしてきたが、自分の心を売りたがる奴は
見た事が無かった。

「いいか、私は心を売るのが仕事なんだ。欲しい物は盗る!わざわざ買ったりなどしない!」
「では、盗ってください」
「はあ?」

一体何を言い出すんだこいつは、とものすごく奇妙なものを見たような目を向ける。
まさか、できないんですか?と挑発され思わずむっとする。
牙も爪も持たない無防備な人間など。成体になったとしても恐れるに足らない。
一度は破れてしまったとはいえ、完全体の俺に向かって非力な人間がなんて生意気な!

パートナーが居ればまだしも、お前一人など、何も怖いものなどないわ!と
ぎろりと睨みつけてやったが、青年はただ微笑むだけ。
ここで私が手を出せば、きっとすぐさまパートナーがやってきて、
ただではすまない事を分かっているのだ。
なんて狡賢い。これだから、人間は嫌いだ。
…といっても私はこいつしか知らないが。


「それで一体、お前は何を売りたいんだ」
「……」


諦めて問うと彼はつり上げていた口角をさげ、
しばし目を伏せて、告げた。



「…誰にも、必要とされないものを」


***



彼の売りたい物は、今までたくさんの心を見てきた私ですら見た事の無いものだった。
生暖かくてぐにゃぐにゃで、まるで液体が個体になろうとしているような、へんてこな代物だった。
どの棚に分類していいかも分からず、仕方なく余っていた棚へと保管した。
左から9列目の棚だ。
私は仮に、「 」と名付けた。
そして恐るべき事にそのどろどろは、何度盗っても彼の中で再生した。
いや、再生というよりも、これは。

「お前も本当に、しつこいな」

さらに恐ろしい事に、この青年は再生するたびにこの私のもとを訪れるようになった。
一ヶ月に一度。1週間に1度。そして今日は。

「昨日ぶりだ」
「…」

皮肉っぽく嗤っても、青年は答えずに力なく笑うだけ。
すっかり定位置となってしまった椅子に腰掛ける。

「一体、何なんだこれは」

棚に保管していたはずの心はもはや棚に収まらず、
増幅し続け今やそこら中に散乱している。

暖かくて、どろどろで、きらきらしていた。

「答えろ、知識の子」
「…さあ、なんなんでしょう」


顔を掌で覆い涙を拭った。
泣きたいのはこっちだ、人間め。


——————————————

ぞうふくするこころ
多分つづく

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